世界一の長寿大国と呼ばれる日本には、
創業100年以上の企業が多く存在しています。
世界で一番古い会社といわれているのが、
大阪で社寺仏閣の建築・修繕などを手がける「金剛組」です。
578年の創業で1400年以上も続いています。
金剛組が生き残り続けている秘訣を探ってみたいと思います。
飛鳥時代、聖徳太子が百済から初代を招く
「金剛組」の創業のきっかけは、
聖徳太子が依頼した四天王寺の建設です。
578年に聖徳太子が朝鮮半島の百済から3人の工匠を日本に招き、
その1人が初代の「金剛重光」でした。
金剛組の当主は現在(2022年7月現在)41代目、
四天王寺の「正大工職(お抱えの宮大工)」という称号を賜っています。
1400年の間に戦災や天災によって四天王寺は
幾度か焼失と再建を繰り返しましたが、
金剛組が再建や復元、修理を行ってきました。
金剛組は四天王寺から仕事を請け負うことで
高度な技術の取得と維持に努めてきたといえるでしょう。
変化させながら度重なる危機を乗り越えた金剛組
創業から江戸時代まで金剛組の経営は
比較的安定していましたが、
1868年(明治元年)に配布された
「神仏分離令」により経営の危機が訪れます。
四天王寺以外の仕事を請け負うために、
他の寺社への営業を広げながら事業を維持していきました。
1955年には会社の近代化に取り組み「株式会社」に転換。
戦後の復興にあたり、防火・防災の観点から
鉄筋コンクリート工法のニーズが高まり、
金剛組はコンクリートを活用した新工法の開発を進めていきます。
1990年代後半には、売上高の6〜7割が
社寺以外のマンションなどのコンクリート建築となり
事業を成長させていったそうです。
しかしながら、ゼネコンとの仕入れ価格や工事費の競争に勝てず
資金繰りが悪化、2005年に最大の危機を迎えます。
「金剛組を潰したら大阪の恥や。
古いものはなくなってしまうと、二度と元に戻すことができない。
長い年月積み重ねてきた人の努力や技術、古来の建築技法を伝承したい」
とサポートに乗り出したのが、
東証1部上場の中堅ゼネコン・高松建設でした。
さまざまな危機を乗り越えながら、
金剛組が生き残り続けてきた理由は
丁寧で誠実な仕事ぶりから信用される存在
「地元大阪で必要とされる企業であること」
技術力の高さと運営力にあったのではないでしょうか。
金剛組を支えたのは高い技術力と運営
金剛組の技術を高めた理由の一つに、職人集団の存在があります。
金剛組では、正大工職を頂点に複数の宮大工の組が配置され、
現在は8つの組があり「匠会」という組織を結成しています。
組同士での競争意識が働き技術力が高まることや、
大きな工事など共同で工事を請け負う際に、
技術交流が行われます。
相乗効果がうまく働き、
金剛組全体の技術力が高まっています。
もう一つの特徴は、運営面での実力主義です。
組の棟梁になる人は、直径のファミリーにこだわらず、
大工の実力と上に立つリーダーとしての資質がある人が
後継者に選ばれています。
金剛組にある高い技術力と運営力。
職人たちが、高い技術力を維持する意思を持ち続けながら
働き続けていることも金剛組の強さといえるでしょう。
時代の変化に対応する新体制へ
高松建設の傘下に入ったことで、
金剛組は新体制となり、さまざまな改革が行われました。
・社員に経営情報の見える化
・原点の社寺建築専業に回帰
・営業の強化
100年以上続く長寿企業であっても、
高い技術力だけでは生き残れません。
時代の変化に対応するために
変わり続ける体制も大切です。
高い技術力のある貴重な企業。
これからも生き残り続けてほしいですね。
↓↓↓↓
さらに濃い
「ビジネス」「セールス・クロージング」「マーケティング」や「その先にある本質の世界」について知りたい方は
Comments